『かきいれどき』   showkaenホラーshow 2016

2016.08.20 Saturday

もうこの際、妙なまえがき無しで一席(笑)

 

 

みなさん、お盆とかになると、古刹によりけりですが地獄絵の虫干しをされるところがあります

かくいうボクも、子供頃通っていた(←親戚)のお寺でもこれをやっており、毎年お盆になると「またあれを見せられるのか。。」と憂鬱になったのを思い出します

 

地獄絵については、描き手や宗派、それに描かれた時代によってけっこう内容はさまざまなものだったりするんですが、

現代なら完全にR指定相当、いやそれ以上のものだったりするのが平均的です

 

その地獄絵をよくみてみると、鬼による凄惨な責苦拷問の傍らで、なにやら帳面のようなものを持っている鬼が稀にいたりします

「これはなにをしているの?」と大人にきくと、

『ああ、これはね 生きてる時に犯した罪の量と刑の量とを測ってるんだよ。 これで帳面があうと、その人間はようやく無に還してもらえるの。』

「でも地獄のそれって無限なんじゃないの?」

『勿論、無限のもある。無限に責苦が続くのは、そのものが現世で犯した罪のそれに比例してるんよ。それと六道というものが仏道にはあって云々。。』 回答主はお寺の住職で、ボクのじいさんの兄弟にあたる方で、ボクの名付け親でもある方です(※故人)

 

小学生の子供に六道とかなんとかいわれても、ちんぷんかんぷんだったわけですが、いま思えば、たとえ地獄に落ちたとしても、場合によっちゃ「無」という恩赦(免赦?)がありはするが、今生きてるこの世を正しく生きなさい ということを伝えたかったんだろうなぁと思います

かくいうボクの名前には「正」の一文字が入ってますし。。

 

 

で、時は流れて。。

 

本シリーズを毎年熱心に読んでいただいてる方はご存じかもですが、ボクはたまーに人外のものを目にすることがあります

ハッキリと容になっているもの

ぼわ〜っと煙みたいな状態のもの

人、犬、猫、それらに合致しない魍魎みたいなもの

 

その中で、ほんとに一回か二回だけなんですが、真っ白な男の人(時代考証が読めない姿)が筆と和紙を分厚く束ねたような感じの帳面(ノート?)をもって、なにやら書き込んでいるのを見たことがあります

 

ボクが見たのは雨の日の電車の駅のホームでした

 

その白い者は、ウロウロきょろきょろするでもなく、すぅっと佇んでいるかと思ったら、急になにかを見つけたかのようにその場にいる特定の人間の傍らに立ち、舐めるように見、ものすごいスピードでなにやら帳面に書き込んでいました

 

そんなことが電車を待ってた10分弱で何度も何度も繰り返されました

 

パッッと消えた と思ったら、反対のホームで同じことを。。

具体的になにか悪いこと(ホームに人を突き落したりとか)をしでかしそうな雰囲気は一切なく、憎悪やいわゆる地縛っぽいそれでもない

でも確実に、それらの行動はなにか目的があってやってるようにしか思えない

 

運がいいのか悪いのか、ボクの横に来て書き込むことはありませんでした(苦笑)

 

その後、書き込まれた方の身に、具体的になにかおこったとかなんだとかいうのはいっさいわかりません

確かめようもないし。。

 

 

ふっと、幼いころにみた地獄絵にあった帳面を持った鬼のことを思い出しました

 

ひょっとしたら、あの白いのは地獄から来てて、現世では白い人の容になって事前に査定しているのかもしんない

いや、逆に、あれは天から遣わされたものであって、それこそ同様に査定しているのかもしれない

いったい全体、あれはなんだったんだろ?

もとい、どっちの世界の使者だったんだろう?

もし地獄からの使者なんだったら、完全にリアル・デスノートそのもの。。

 

もし、あれが地獄の使者だとして

 

あなたが知らない間に、あなたの横に立ち

あなたのこれまでの行いをつぶさに査定し

あなたが死後、どちらの世界に移られるか、はたまたこの世に地縛するのか

 

すべては、当たり前の日々の暮らしぶり 立ち振る舞い その他もろもろに因果するものとして、

使者たちは、今この時間もあなたを「査定」してるに違いありません

 

責任者呼べっ!責任者っっ!!「ハァァァァイ( ´∀`)ノ 」

2016.08.20 Saturday

そうとう間があいちゃいましたが前回のつづき

んで、どうする?カーネーション というくだりですが、
なにもカーネーションだけに問題があるワケじゃない
それら、国産花き流通に携わる、種苗供給元から、お客様に直接相対する我々小売りにも、漫然と問題があるのです

今回はその問題について、個人的意見として ですがいろいろ詳らかにしていきたいと思います

これまではね、流通と一口にいっても、他業種にもあることかもしれませんが、一次流通(種苗元>生産者)、二次流通(生産者>市場・仲卸)、三次流通(市場・仲卸>小売り(量販・専門))といった具合にざっくり区分けされておりました
ほんのつい10年弱前までは、この一〜三までの間にそれはそれは發△△△△△な匹ありました
最初にぶつかる問題はまずココ

透明性を欠くとか、そういった感じではないにしろ、
なんせコミュニケーションぽいアプローチは、双方向ゼロ いや、むしろご法度
よしんば顔を合わせる機会に恵まれても、お互いを知らなさすぎて、何を話したらいいのかわからない
これが今から十数年前の状況

 

ところが、通信の発達はこの壁を簡単に壊しました

いや、言い方を変えれば、この程度の発達で簡単に壊れてしまうくらい、脆弱な壁だったのかもしれません

 

壊れてからはどうでしょう?

 

互いの状況を「知る」という点では、業界的にルネッサンスといっていいほどの出来事だったワケですが、

今度はべしゃりの上手な、特定・ごく一部の産地さんが目立つという状況が発生しました

これ自体はけして悪いことじゃない

いいものであれば、栽培の現場から市場流通を通して、思い入れたぁぁぁっぷりの花が店頭に並ぶ

ストーリー性という言い方がよくされますが、実際、市井の小売りとしてこの手のコンテンツはないよりあった方がいいに決まってます

 

そこでまた壁

 

産地さんは当然耕地面積に限りがあるワケですし、品目だって限られる

使い手としては、「この人のあの品種が使ってみたいのになぁ。。」などといった欲が当然もちあがります

また、産地さんはどの産地さんも概ね【定宿】としている市場があります

いくらweb上で、この産地さんの商品がほしい!と思っても願っても、たやすく仕入れられるとは限らない

どうも花き業界、特に小売りの側には「あの人のアレがとにかくいいみたいだから、自分も使ってみたい」っていう右向け右的な迎合感がもっすごい強いようです

我慢できずに、産地から出荷されてから、中二日三日とかかってもいいからと、そういった箔のついた商品を仕入れちゃう

 

それって当然リスクを伴います

 

んでもって時は流れて今八月です(笑)

八月と言えばお盆 関東エリアは七月だよって声も聞こえてきますが、日本でお盆といやー八月なんですっ

 

フタあけてみたら、まー今年も大混乱

去年は小菊が大インフレに陥り、リンドウも裾物中心に大前進もあって大ショート

こんな年あるんだ。。とあらためて神仏需要の物日の難しさを再認識した翌年にあたる今年、ちょっと記憶にないくらいの大凶作(汗)

白輪菊も、輸入品の確保に不備が発生したため、大口が予対分を国産品に切り替えたことから世紀の大逼迫(笑)

 

もうね、慣れっこになったっちゃなりましたが、物日=書入れ時 なんて構図は、本当に遙かかなたへいってしまいました

 

花ってそもそも、こういった書入れ時じゃないと売れないもんなんですかね?

どっかの団体がそればーっかし次から次へと創出して『みんなで盛り上げよう!』ってやってらっしゃいますけど、まそれはなにかの機会でお話させてもらうことにします(めっちゃめちゃ言いたいことがある)

 

さて、この書入れ時

商売が繁忙となると、帳簿に筆を入れる機会が増えることから、儲け時を意味する言い回しで使われております

これ今年もお客さんから「花屋さん、書入れ時だねぇ」と言われて思い出したことが。。

 

そうだ、今年はこれにしよう。。(謎)


 

嵐の海に船を出すことばかりが勇気ではない

2016.05.20 Friday

少し間の空いた話題ですが、今年の母の日も無事に終了しました

今年は8日が母の日という、GWとほぼ直結した空前の前倒し物日となり、まさしく母の日マラソンみたいな年回りとなりました

例年、当店の母の日は切花7割・鉢花3割みたいな割合で母の日商戦をむかえますが、GW前半でお買い求めされるお客様は、きっと母の日当日も間違いなくキレイであろう、鉢物をお買い上げいただけるのでは?という皮算用のもと、鉢の比率を1割あげて6:4体制で臨みました

ま、ふたあけてみたら。。 結果的にはほぼ例年通り(早かろうがなんだろうが、ウチにお見えになるお客さまはやっぱし切花をお買い上げになるw)でした(笑)

えー、さて

「切り花に特化したお花屋さん」を謳う当店は例年、母の日ともなると事実上のカーネーション祭りとも表現できるくらいの、多種多様な品種数を店頭展開しておりました
毎年、概ね50〜60品種強くらい

で、今年

それ止めました(´・ω・`)

理由は下記の通り

‐綵劼砲△襪箸り、鉢の需要の方が高いのでは?ということ

⊂材(カーネーション)の高騰

と、大まかにはこの二点

それと、大きな試みとしては、これまでは地元の産地さん(愛知県産)のものをメインに扱っていたのですが、
予対品(事前予約買付品)を除き、入荷産地を大変更しました

理由は下記の通り

々發

△發辰箸いせ挫呂棒擇蠡悗┐

と、こんな感じです

それ以外の汎用商材はすべてコロンビア産

毎年、輸入カーネを引っ張るにあたって不安なのは品質(特にインロール(花弁が内側に巻き込んで萎んでいく症状)や葉・茎枯 等)なわけですが、ここ数年来、ロジスティックの充実や栽培現地でのスキル向上もあり、品種にもよりますが、ほぼ国産のそこそこのものとそん色はなくなったと思います
むしろ「こっちの方が。。」という場合もちらほら

いずれにしろ、
なぜこのような決断に至ったかというと、相当根深い軋轢がありまして

コスパという言葉があります
コストパフォーマンス
いわゆる値打ち感というやつです

安けりゃいいとか、そういう事ではなく(名古屋の人間はよく「お値打ち」を使いますが、たいがい「廉価良品」特に「廉価」であることに美徳を求める傾向があります)、かかったコストにみあった出来栄えであるかどうか?という部分を大切にしました
カーネーション産地さんにとっては、そりゃ年に一度のお祭り騒ぎになるわけですから、普段はとってもいいものを作ってらっしゃる方でも、多少なりはいつもどおりの品質に満たないことがある。。というのは、ホントはイヤですが理解できなくもありません
なにが不満かって、普段より品質が少しばかり下がってるのに、仕入れ値が倍化することです
つまり、価値と価格のつり合いがぶっ壊れてるんです

花はお野菜とかと一緒で、価格も天候や需要によって乱高下します
でもそれを店頭価格に正直に反映しすぎちゃったらどうなっちゃうでしょ?
コストだけを追うなら、仕入れは輸入品一択になります
でもでも、やはり国産のいい商品を知っており、なおかつ、普段はそれを店頭にならべているのに、肝心な母の日にそれらを並べないというのは、いささか花屋の矜持に欠けることです
すでに仕入れ的には損益分岐点などとうに超えてるワケですから、いつもに増して品質に対して厳しくならざるをえません
今年はなんとかかんとか、産地さんはじめ市場・仲卸さんにご無理をいって、品質的には絶対に保障できるほどのカーネーションを店頭に並べることができました

蒸し返すようですが、
母の日付近になると国産カーネが暴騰する⇒母の日過ぎれば暴落する という図式は、ボクがこの職業につくずっとずーーーっっと前からあることなんでしょうが、ここ数年来は本当に目に余るものがあります

気持ちはわかる!

わかるんだけどぉぉ。。 いつまで、この負のスパイラル(報復相場)くりかえすの?

輸入のシェアだって、もうあとちょっとで70%到達するでしょ?
「国産」というカテゴリーそのものが、カーネーションについてはニッチ化することでしか生き延びていけないんでしょうか?


冗長になったんで(←いつものことですがw)、次回につづく(・∀・)