showkaen的 花育スタート( ̄Д ̄)ノ

2015.09.08 Tuesday



久々の投稿になります

秋の長雨が続いております こう曇天が続くとなんだか気分も滅入りがちなりますが、店頭は早くも秋の様子が顕著になってきました

さて、
このたび、拙倅がお世話になっている小学校で【花育】を実施させていただくとになりました

一口に花育っていってもいろんな切り口があります
切り花アプローチなのか、鉢物アプローチなのか?とか、イベントで突発的に実施されるものなのか、なにがしかのスパンで定期的に実施するものなのか?等々
リンクにも貼りましたが、webで花育を検索するといろーんな情報が得られます
そういったフォーマットに基づけばそれなりに形はつけられるかもしれません
これはあくまでも私見 として前置きしますが、ボクはこれらのフォーマットや実施例を見てきてなにかどれをとってもピンとこなかったんです
やらされてる感からの脱却がなければ、むしろ逆効果とかにもなるんじゃないの?みたいなイヂワルな見方(笑)

ゼロよりゃやった方がいいでしょ!というのもあるでしょうが、リンク先のケースを見ているとただの公金の垂れ流しっぽいという印象もぬぐえません
規模とかコストとかの問題はもちろんあるでしょうが、なんかこう違和感みたいなものがぬぐえない
花育っていうのは、文字通り「花を育てる」っていうだけじゃなくて、「花を通して人を育む」っていうのが一番だと考えるに、打ち上げ花火的なイベントじゃ絶対無理だ。。という結論に至りました

今回の実施に際しても、一学期から校長先生教頭先生、教務主任の先生方と何度も折衝を重ね、ようやく実施にこぎつけました(苦笑)

ボクが目指す【花育】は、ほぼ100%切り花がメインになります
それを使ってなにか具体的に花束とかアレンジを作るんではなくて、極めて長いスパンで 花と寄り添う ことを目的として設計しました
始まったばっかりなんで詳細は書けませんが、なにがしか結果というか成果がみられるようになったら、いずれの機会にこの場でご報告させていただきます

普通でやろうとしたらコレ、えらいコストがかかる内容です(笑)
たまたま自分が花屋である という意味や社会的使命をなんとか行動に移したい。。 でもそれが独りよがりだったり自己満足で終わっちゃったら絶対によくない

千里の道も一歩から というほど壮大なもんでもありませんが、
自分らしくダラダラと(笑) でも、人様を巻き込むわけですからそこはキッチリとしっかりと(笑)(笑)
ハードルは高いですが、まずはしっかり年度末まで頑張ろうと思います( ̄Д ̄)ノ



 

かたがき

2013.06.26 Wednesday

 世の中にはいろんな肩書きがあります
ほとんどが職業に即したなんちゃらかんちゃらなんですが、ボクの場合はなんなんだろう?とふと考えます

花屋なんですから、フローリスト なのか?
でもなんか英語でそう言われるとムズかゆい感じがします

花き業界におけるこれら肩書きをちょこっと並べてみますと、

育種家(育苗家)>ブリーダー

買付人>バイヤー

生産者>ファーマー

小売商>トレーダー(で、いいのかな?) みたいな感じなんでしょうか

最近だと、生産者はファーマーではなく、グロワー(栽培家)なんて言い方もするらしい
バラ生産者ならローズグロワー、菊生産者ならマムグロワーといった感じだろうか

他の主だったトコだと、デザインの世界ではフラワーデザイナーとかフラワーアーティストとかあります
前述のブリーダー、バイヤーにしても頭に『フラワー』をつけりゃ花き業界のなんちゃらって感じで区分けできたりもします

社長さんとかだとどうでしょ?

社長>プレジデント ですね

花き業界だと、フラワープレジデント。。。? ( ・´ー・`)プッ


一日お店に立っているといろんなお客さんからいろんな呼び名で呼ばれたりします

社長、店長、おじさん、おにいさん、先生 などなど(オジサン、オニイサンは呼称ですな)

いたって頓着はしてないんでどう呼ばれようとかまやしないんですが、最近いろんなところで自分自身の肩書きもしくは敬称を求められるコトが増えてきました
ビジネスの上のみであれば『社長』だけでいいんですが、事実ボクは自分の名刺に代表取締役という文言を刷り込んでおりません
誤解されては困るので一言挟んでおくと、社長としての自覚なり責任なりをなおざりにしているつもりはないんです
日々自分が仕事をしている中で、社長という肩書きがさほど重要だったり有用だったりする機会がほとんどないんです(苦笑)

それじゃ自分の仕事を、仕事上の立場をなんと表記したらいいんだろ?

少なくとも、ボクはデザイナーでもアーティストでもない

プレジデントではあるけど、正直ホントに柄じゃない
じゃいったいどんな呼称がいいのか? もっと言っちゃうと、呼称がなにかその人の特性を表現するのであるなら、ボクは【コンシェルジュ(世話係・案内係)】がいいな と最近思う

なんでも分かっている、知っているとまではいかない
でもかなり分かっていて、知っている感じ(笑)
なにより、求められている事に対して求めの内容を吟味し、適正にそった結果への近道をお手伝いする
これだ!これがいい(・∀・)

ローズコンシェルジュはバラばっかりの人と思われちゃいそうだし、実際カットはそこそこ自信ありますけどガーデンはからっきし。。
広く浅くってところで、次に刷る名刺には【フラワーコンシェルジュ】っていれちゃおっと( ̄ー+ ̄)

3.11×365

2012.03.12 Monday

本当なら当日の昨日にアップしたかったのですが、ipadからだとjugemはいろいろ障害があることが判明。。 便利なんだかどうなんだかホントにもう!と思いつつ、一年が経過したその日を家族三人で普段と変わらぬ日曜として迎えました

早いもので一瞬で多くの尊い命を奪った東日本大震災から一年という時間が経過しました

自分自身、東北には大変懇意にしている友人がそれなりにあったり、お客様もあったりしたのであの日からの数日間は無事が確認できるまで本当に忸怩たる思いで過ごしたのを未だ鮮明に記憶しています

その間、我々花き業界では公的・私的さまざまな角度から、心の復興をうったえいろんな活動が実施されました

中でもとりわけ自分が注力したのが 花の力プロジェクト という活動です

これは物資だけではなく、心の支援として震災発生直後から有志で立ち上げられた活動なんですが、本当に恥ずかしいハナシ、ボクは昨年の秋までこの事を知りませんでした
そこで、なんとかお手伝いもしくは活動そのものの支援の一助にならないものか?と考えたのが、ご承知のとおりの昨年のばら祭りでのチャリティ販売でした
ぷっと吹き出したくなるくらいのちっぽけな支援でしたが、なにも行動もおこさずにお祈り申し上げますというのも外連味がなさすぎるとも思い、沢山の方々にご協力いただいたワケですが、
このたび直接的にイベントに参加することと相成りました(笑)

詳細はまだボク自身がわかってないので何ともお伝えの仕様がないんですが、
来週の日曜日18日、名古屋市栄にありますランの館で開催されるイベント内にて、なんらかお手伝いをさせていただく事となりました
またおってご連絡いたしますが、お近くの方はぜひお立ち寄りいただきたいと思います


閑話休題、
震災から一年、これまでいろんな報道がなされてきました
昨日テレビ等で放送されたいくつかの番組を見てあらためて思った事としては、一周年はけして区切りではない という事です
復興・復旧へのあくまでも通過点であり、マラソンに例えるならスタート直後の給水ポイントくらいでしかありません
瓦礫の山が多少なりスッキリした映像をみると、直後の凄惨な状況からずいぶん進んだものだみたいな感じでは現地はないはずです

かの地にお住まいの顧客様は「いつまでも被災者面してちゃいけない 自分たちでなんとかしようという気概をそろそろ芽生えさせないと、復興なんて10年経とうが叶えられない」とおっしゃってました

心の支援はキレイごととされるかもしれませんし、物資や金銭的な支えももちろん重要です

その流れにあって、それでもボクは心を大事にしていきたい

花屋という商売は、モノを売るだけの商売であっちゃイケナイと本当に考えています
マジです

被災三県という文言もここのところ沢山見受けられますが、被災地はなにも三県だけではないはず
千葉だって茨城だって相当な激甚に見舞われており、未だ心に傷をおってらっしゃる方も大勢みえるはず

広すぎるちゃうから阪神淡路みたいな劇的な復興は望めない なんて、時間軸の事ばかりにとらわれたくもない

人がゆっくり時間をかけて子供から大人へ成長していくように、心の復興も時間がかかることの方が多いと思います

とにかく、出来る事からしっかりと
個でも集でも、意識と意味をキチンと反芻しながら、これからも心の支援に携わっていきたいと思います

◆毎年恒例◆ まじめに戦争と平和について考える

2011.08.05 Friday

 明日6日は世界で始めて原子力が兵器として日本に行使されて66年目の月日が流れます

先日テレビで原爆画家として著名な丸木位里・俊夫妻(故人)の展覧会が富山で開催される(期間終了)というニュースを見ました
毎年この時期になると戦争体験の風化を回避する目的のもと、メディアでもドキュメンタリーや関連する映画・ドラマ等が放送されていますが、夫妻の展覧会はこうしたテレビ画面を通した映像ではなく、肉筆のもつ迫力と胸に迫る描写を体感する機会だと感じました

書斎でパソに向かっていた片手まで、音声のみ耳を傾けていたんですが、これを見ていた家内が思わず顔をそむけました
それくらい画面は凄絶なものであったということです
「無理だ 直視できん(泣)」

なるほど、気持ちはわかる しかし、だからこそ我々日本人は絶対にこの記憶は風化させてはならない
画面の凄惨さや残酷さの描写のみに囚われるのではなく、なぜそれを残そうとしたのか?という作家の意図を汲み取る事に神経を集中すると、衝撃はやがてどれだけ時間が経過しても風化することない、深く暗く冷たい悲しみへと変化します

実際に被爆された方の平均年齢は70代後半となられたそうです
映画や劇画等で意外と簡単に核は扱われているように感じることもそうですが、本当に恐ろしくかつ扱いにくいものである事をあらゆるアプローチで再認識する これがこの先語り部を失うことになっていっても、事実を正確に後世に伝える大切なことだと考えます


今年のそれは例年にもまして意味の深いものになります
兵器 ではないにしろ、我が国は大震災による不可抗力とはいえ半世紀以上の月日を経てまたも被爆国となってしまいました
とかく汚染や保障に論点が行き過ぎているようにも感じますがここであえて論じるなら、世界唯一の戦争被爆国であり、核汚染の恐怖と人体に与える影響を知り尽くしているはずの日本が、なぜ核に寄りかからなければ国運が立ち行かないような仕組みになってしまったのか?という事です

ヒステリックに脱原発を唱えるのは簡単ですが、もし日本中の原発をすべて停止させたとしても問題はなくなるものでもない
これは本当に未曾有の不景気どころの騒ぎではなく、未曾有の災害がもたらした長く辛い宿題なのかもしれません

どうせ脱原発を唱えるのなら、兵器も含む脱核でなければならないのでは?

今までの8月6日と8月9日は、今年からもう広島と長崎だけの日ではない
もちろん今までだってそうだったに違いなかったはずですが、今こそが皆そう感じるべきだと考えます


歴史は活字や電波等で決まった時期になるとアラームのように到来を知らせてくれます

でも、本当に大切なのは人の口ですぐ隣の人へ伝える事が一番だと思うのです

風化の危惧がささやかれる今、アナタはどうやってそれらを伝えますか?

リアルに『こころにとどく』とはどういうものか?

2011.07.25 Monday

 前回記事で記載したQの理念であります『親和と誠実』
これについてつらづらと持論を書き綴りましたが、そもそもの問題点としては、言葉は形は変わらないけど意味は少しずつ変わっていく それを察知しつつ、温故知新と時流対応を整えつつ新しい未来に進んでいきたい というのが前回のおさらい

いろいろと思うところも各々あろうかと思いますが、そこはそれ、持論の域はけしてでません
大切なのは持論を正直にぶつけあい、互いを知る という機会とそれを保とうとする能動思考が自然に備わっていてこそ、これからの時代の商人としての最重要資質であると考えています
なにもQがどーのこーのじゃなくってね
Qの加盟店さん以外でも世の中には沢山素晴らしい花屋さんも居てるわけですから

さて、この『親和と誠実』以外にもですね、理念と平行して方針みたいな感じで『こころにとどく』というフレーズがあります

以降はQとはほぼ関係のないハナシなんですが、
「こころにとどく」 って言葉だけだと響きはステキなんですが、実際カタチで表現するのはかなり難しい
受け取る側としても、これって自分の心に届いちゃったかしら?なんて構えながら受け取るわけでもないでしょうから、検証することそのものが実に困難なわけです

もし、届いた! と実感することがあるのなら、それは花だけではなく相手の心や気配りの伝達であり、そこに添えられたものがたまたま花であった これが花屋にとっては極めて重要なことなんだろうと思います

で、
Qどころか花からもハナシが離れますが(笑)、つい最近の例でいくボク自身最も心に届いた出来事
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