オリジナリティ

2006.06.02 Friday

 昨日の話になってしまいますが、昨日という日はいろんな状況において奇妙で悲しみと喜びにあふれた一日でした

詳しく書こうとすると10万文字でも足りなくなっちゃうので、

大幅に割愛させていただきますが、

順序としては二番目か三番目に印象が強かった事柄なんですが、

どうしても書いておきたいことがあるのでココに記録しておこうと思います



前置きが長くなりました すみません



昨日初めて知ったんですが、ここ数日ある日本人画家の盗作騒ぎがニュースやワイドショーを賑わせてますよね



仕事の休憩中になんとなくyahooの記事をカチカチと見ていたら、『盗作』の二文字が目に止まりました

また、アホな奴がおってんやなぁ と思い記事に目を通しました



画家の名前は、和田義彦



オレの学生時代の恩師なんです(泣)



なんで?どうして?



記事を読み進めるほどにオレの動悸はあがっていきます

同時にたとえ様のない悲しみがオレをおそいました




 結論から言ってしまえば、オレはあれは完全なパクリだと思います

よその作家から題材とかテーマとかタッチとかディテールとか、

いろんな事象において、自分の好きな作家とか作品からアイディアとかそれらを頂戴することは、なにも芸術の世界ばかりではないことと思います



オレが今身をおいてる花の世界でも、

デザインだったり、その根源たる花に対する思想なり、いろんな意味でそれらを通ることは頻繁にあったりします



車がいい例でしょう

子供の頃、オレは日本車こそ世界一の車だと信じてました

スーパーカーブームでフェラーリやランボルギーニのように走るヒラメみたいな車がその時代の少年たちを魅了することがあっても、

オレは燃費のいい、壊れない、飽きのこない無味乾燥な外観と豪華装備がなによりすばらしい価値感だと思ってました

時は流れ、

より生活に密着した欧米車を知ったとき、それはほとんどの意味で間違いだったと気付きました

国内車メーカーは、それを屠ることもなく何事もなかったかのように欧州車に追いつき追い越せという感じで今日をむかえています



少なくとも、現在の日本車は経済的な背景に基づく部分からか、いい意味で一昔前の日本車の熱を取り戻しつつあるように思えます

では、お隣の韓国の車はどうでしょう

大宇にしろ現代にしろ、昔こそ日本車の欧米における市場に割り込もう的な意図がみえみえの粗雑な車を作ってるという感が否めませんでしたが、

今は確実にターゲットやヴィジョンを絞り込み、特にヨーロッパにおけるシェアは日本車など軽くしのぐ状態にあるとききます

でも、

そんな韓国車に魅力を感じないのは何故でしょう?

欧州車の発想とテクノロジーとデザインを凌駕しようと野心あふれる現在の日本車に魅力を感じないのは何故でしょう?



きっとそこに尊敬がないからだと思います



ハナシをアートに戻してみます

題材やテクスチュアを間借りするというのは基本的にはオレは【アリ】だと思ってます

基本はまず模倣から

これは日本人がものづくりにおいて豊かな発想を世界市場において開花させた古くからの歴史が物語るとおり、

日本人のもつセンスなんだと思います

肝心なのは、

模倣のままで終わってはいけないということ



素晴らしい作品に対して影響されることは大いに結構なことだと思います

だけど、

干渉されてはいけない

ましてや、干渉されたままそれを自分の中で昇華することができずに人の目を欺くなんて言語道断

メディアに対して発する和田さんの発言は、

アイディアを借りたというよりむしろ、相手のアイデンティティを陵辱したということでしょう

ましてや、尊敬なんて概念は微塵も感じられない



すみません、ちょっと書いてるうちにちょっと収集がつかなくなってしましました

頭冷やして明日つづきを書くことにします
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